咎めの終わり

コース学習について今思うこと

以前の自分を顧みると、コースを正しく学ばなければならない、コースの教えを正しく理解しなければならない、そうでないならコースを学んでいる意味がない、、、といった考えに囚われていたと気づきます。

それゆえに自分の正しさを主張せんばかりに、コースを歪曲化したり、矮小化している人たちを見ては、彼らを攻撃、裁き、咎めていたりしたこともあったわけです。

ようするに、自分はコースを正しく理解している、自分は分かっている、と思っていたということです。

でも、兄弟たちを咎めていること自体が、まだまだコースの教えを理解しているとはいえないのは明らかです。

まったく無知極まりないと言わざるを得ません。

以前の私はそうだったわけですが、今となっては、正しく学ぶも何もない、と思えます。

もっといえば、そんなことはどうでもいいことだと、今ではそう思います。

私たちはみんなそれぞれ自分にとってそのときに必要なことを学んでいるのであり、それでいいのだと思うわけです。

どんな学び方だっていいし、もっといえば学ばなくったっていいし、他者の霊性の道の歩みに介入しようとしたところで何の意味があるというのでしょう。

むしろ、そんなことに固執していた自分が愚かで滑稽にみえます。

自分の正しさを主張するばかりにどれだけの代償を支払っていたことでしょう。

一番分かっていなかったのは、この私だったのです。

でも言い換えるならば、そういうことが自覚/認識できるようになったこと、それこそが私にとってのコースの学びの大きな成果だといえるでしょう。


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